旧御射山社
旧御射山社(もとみさやましゃ)は祭祀困難により慶長元年(1596)(江戸時代中期元禄年間という説も)に秋宮近くの山中の御射山社に移されるまでの諏訪大社下社御射山社の遺跡地。建御名方神をお祀りしています。
霧ヶ峰高原八島湿原の脇、太古、御射山祭が行われていた旧御射山遺跡の一角です。 霧ケ峯本御射山神社とも呼ばれます。 毎年9月27日に例祭、旧御射山社祭が行われます。
古来、御射山祭は梶原塚の由来にも寿永2年(1183)、木曽義仲と共に平家追討中の下社大祝金刺盛澄が御射山神事の為に帰国したと書かれるほど、祭祀として重要視されていました。


